三軒茶屋の部屋

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 「こんなひどい部屋ですが、どうにかなるんでしょうか」
こう紹介された部屋は、3m×4m×2.4mのワンルームで、住人の漆原氏は1000冊近い本に埋もれるように生活を送っていた。
雨戸のシャッターが降ろされた暗い部屋だった。
 「ひどい部屋ではないですし、たぶんどうにかなります。」

 U氏は20代の認知心理学者。仕事場へのアクセスの良さと都市中心での暮らしを求めて、駅徒歩10秒の小さな借家に住んでいる。都市空間の高度利用のため小さく分割された土地に、目一杯に建てられた集合住宅。さらに小さく分割された1階のワンルームが漆原氏の部屋である。部屋は3m×4mの約6畳で、窓をあけると常に人が行き交う街路に面する。街歩きには良い街路だが、窓を開けて住んでいると通りがかるほぼ全員と目が合ってしまう。そればかりか、かつては窓越しに変質者と遭遇したり、旅行の留守中に知らない人に住み着かれていたこともあったという。通常のセキュリティー感覚を持つ彼は、窓と雨戸を閉めて生活していた。都市は、彼がここに住むことを許さないのだろうか。

 漆原氏の部屋を見回すと、どこをみても膨大な本が置いてある。床やカラーボックスはもとより、靴箱や窓台、コンロなどいたるところに本があって、残る平面はベッドと一人がけソファのみである。最初はコレクター的に本に囲まれて生活したいのかと思ったが、そうではない。一人で年に400冊の本を読んでは、部屋にストックをしたり実家に送ったりして、猛烈な勢いで本を消化している。生活のための持ち物は多くないように見えるが、本はとにかく多い。話を聞くに本気の読書家は、本をためすぎて床が抜けたりするそうだが、それだけの量の本はもはや生活空間を左右する大問題である。部屋が本に占拠された結果、部屋でできるのは寝ることだけで、食事と読書は街で済ませている。なるほど漆原氏は見事に都市生活を実践しているが、一方で漆原氏の生活は部屋に受け止められていない。

 都市プランナーは彼なりの合理性で街路を引き、土地を分割した。そこに住宅メーカーが、彼なりに最大効率の集合住宅を建設した。結果、現実に発生してるのは私生活の数十cm先に他人が歩き、膨大な本に埋もれる緊張した空間であった。漆原氏は「ひどい部屋ですが」というのだが、むろん漆原氏が悪くはない。漆原氏の生活と生活空間は、彼が彼のリアリティーをもとに生きた結果である。
 加えていえば都市が悪いこともない。街路には人が行き交い、街路樹が生い茂り、店が軒を連ね、文化と活気にあふれている。問題だったのは、都心という場所に対して対応できず、漆原氏のような特異な(ただし今日においてはリアリティーのある)生活様式に対して対応できなかった量産住宅の形式である。都市と住宅の設計者が空間を生産するとき、限られた空間を生きられる場所にするための想像力が欠如していた。都市と住宅の設計者から引き継いだこの意志のない空間を、改装をする私たちが生きられる場所に再設計しなければならない。

 文化と活気にあふれる都市空間に、漆原氏は彼の一部である膨大な本とともに、住むことはできるだろうか。ここに生きられる場所をつくるには、生活が閉じ込められた部屋の内側の空間のみを設計しても無効である。部屋の外へ広がる部屋、世界(都市、あるいは社会)に住んでいる実感を持てる場所を構想するべきだと考えた。そのために、収納を効率化し生活空間を確保し、部屋に広がりのある視点をつくる。そこからは街路が見えるようにする。

 部屋にベッド、ベッド下収納、デスク、テレビ台を設え、生活に必要なものを床から1/3の高さに配置し、16mの本棚を他の家具と組み合わせながら部屋と廊下の各所に確保する。ここまでは生活と収納のせめぎあいによる、機能的空間の設計である。

 機能的空間を生きられる場所にするために、漆原氏の居場所と視点から空間を再編成していく。生活に必要なものは床から1/3の高さに納めたことで、その上の2/3の高さには外の光と風景が見えるようになる。ベッドはマットレスより少し大きく作り、座ったり物を置けるようにするとともに、背もたれを設えることで、お茶を飲み、寄りかかり、部屋と窓の外を見渡せるようにする。デスクは窓に寄せて、ソファに座ると街路樹が見えるよう角度を振った。家具の配置や向きにより部屋の広さを感じ、樹木のある街路が見えれば、自分の居場所が部屋の外まであるように思えるだろう。

 今まで締め切っていた雨戸を開けた窓の先には、プランターで草木を育てて外からの視線を和らげる。この街路には草木を育てている人がたくさんいる。草木を植えれば、少しだけ地域社会に参加することになるし、草木の世話をすれば、外の気候を意識することになる。内壁の内側に限定されていた生活空間の範囲が、街路から都市に広がっていくことになるだろう。読書と思索で大いに広がる漆原氏の精神世界と同じく、身の回りの実空間も広がりを持つことができる。世界に生きることを漆原氏が実感してくれると良い。

今回の設計では、小さな空間に機能と場所を成立させるために、漆原氏にとって大事な物事、価値についてたくさんの話をした。話をするうちに漆原氏の生活に対する考え方が変わっていったという。改装が終わり漆原氏が住み始めると、きれいな持ち物を本棚や机に飾り、ポストカードを壁にピンナップしてくれた。そして1週間もたたないうちに、どんどん部屋に人を招きはじめた。人を招待できるワンルームは、漆原氏にとっても誇りを持てる場所になったと思う。部屋に持ち物と生活が馴染み、ベランダの草木が大きく育って、より漆原氏の場所になっていけばと思う。